【算命学の歴史と背景】

算命学は約4000年前の中国大陸に於いて成立し、数千年の長きにわたって東洋の一握りの人達の間で受け継がれ、ある意味では眠り続けてきた思想学です。

人類が地上に現れて以来、何億年もの長い年月の間に、"肉体の世界" には自然界のリズムを基礎として一定の法則が創られました。世の中がどのように変化して、自然界のリズムが表面的には希薄化したように見えても、その法則は今でも厳然として存在しています。

そして肉体世界と共に存在しているのが精神世界です。
精神がどんなに自由でも、基本的には肉体あっての精神です。古代東洋人は、肉体は精神を受け入れている器と捉えて様々な角度から人間を分類し、その詳細をつかむことに成功しました。このような人類分類法が、中国占星術(算命学)となり、中国歴代王家に秘伝として伝えられることとなりました。

古代中国では儒教や道教など、多くの思想、哲学が生まれましたが、それらの根底になっているのは、古代中国人の自然観であり「人間の生き方として一番よいのは、自然に逆らわず自然のまま生きることだ」という考え方です。月は規則正しく満月になり新月になります。地上でも植物は、春には花が咲き、夏には葉が生い繁り、秋に実を結ぴ、冬には枯れていく、これが毎年くり返されるのです。古代中国人は、こうした自然の変化を分類し意味づけようとしました。「算命学」とは、実は、自然をどのように分類し意味づけるかの学問なのです。

この算命学は中国の全ての思想・哲学さらには仏教にも、あるいは漢方医学にまではいっているのです。これを占いに応用したのが、二千三百年も前の中国の戦国時代に生きた人「鬼谷子」です。
鬼谷子は動乱の世を生き抜くために、算命学を軍略に活用し、相手の性格や考え方、動向を探っり、軍略の書として『揣摩の法』を書き残しました。その後算命学は古代中国王家の帝王学として尊重され、処世術や軍略、あるいは政治に用いられ永い間秘伝とされてきました。やがて、その考え方が様々な占いに姿を変えていきます。

「12代宗家・呉仁和と13代宗家・高尾義政」

算命学はこのように長い年月にわたり中国の地で、一子相伝で伝えられてきましたが、中国国内での文化革命の動きが生じた頃、当時存在していた算命学師は弾圧のため国外に退避しました。そして発祥の地、中国国内からは算命学が途絶えたのです。

その中の一人12代宗家・呉仁和氏が日本に渡り、その理論と技術と意志を一人の少年に委ねました。それが日本人で初めて宗家となった算命学第13代宗家、故・高尾義政氏です。彼の意志により、膨大な原理が日本に初めて紹介されたのです。高尾氏は算命学を学問として残すために論文を博士号を取得しました。占いの技術が学問として認められている唯一の理論がこの算命学なのです。

2000年以上もの算命学の長い歴史の中で、学問を継承した宗家は13代。清水氏をはじめ13代目の命を継ぐ門下たちによって、運命を背負う14代目は探されています。しかしその人物はいまだ現れていません。チベットやインドの指導者のように、その宗家を継承するものは運命的に現れます。ときには数百年も待って来たのだと聞きます。にもかかわらずこの学問が絶えないのは、本物としての力があるからにほかなりません。

現在様々な占いがブームとして注目を集めていますが、これらは『占芸』と言われており、算命学宗家はその門下に「占道を求めよ」と説きました。120年前、『心理学』は「当てもの占い」と呼ばれた時代があります。後の世、『算命学』も学問として残したいと13代宗家はその意志を門下に託して逝ったのです。

 

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