「子育ての羅針盤」では様々な切り口で子どもとの付き合い方、理解の仕方をお話ししていきます。それは子どもだけではなく大人の心を育てることにもなるお話です。

親としての責任 (2)

才人的な生き方と徳人的生き方

"道義的な生き方"というものは、大むね二種類に分けることが出来ます。
一つは自分がもって生まれた才能を最大に発揮することです。この生き方を『才人的な生き方』といい、それに対し、もうひとつの生き方は、自分の役割を淡々と消化して行く方法で、成功しようとも、大物になろうともせず、ただあるがまま生きるという方法です。このような生き方を『徳人的生き方』といいます。

一見すると『徳人的生き方』の方が楽なのですが、男にとって実にむづかしい生き方ではないでしょうか。成功を考えるな!大物になろうとするな!あるがままに生きろ!・・・そう言われてもと思う男性が多いと思います。

「父親が才人的生き方をしていると・・」

多くの父親は若い時代に、自分のパワーにまかせ才能の方を先に発揮しようとします。これには男の欲、男の夢というものがあって、自分の能力を最大に活かして夢をつかもうとするからです。

ところが運命の世界は皮肉なものです。
父親が才能をどんどん出しているときは、世の中では仕事が出来る男として評価され、出世もして行くでしょうが、その段階で自分の子どもの方に眼をむけると、男の子の成長が伸びないで、女の子の方がしっかり者の勝気な子が形成されつつあるのです。

運命的な法則からいえば、父親が才能、つまり才人の域を通過しているときは、一家全体の運命の神が女の子に味方するのです。そのために能力、才能が豊かな父親が力まかせに頑張っているときは、後取りになる長男が、何となく伸びないで、学力低下や親の思い通りに成長していないということになるのです。

父親がどんどん発展している家庭を、自分の家だけではなく、友人、知人、回わりの家庭も見てみて下さい。そのような状態がいたるところに目につくはずです。父親が才能型の人間であるということは、男の子がその反対の徳人型になるために、父親からみれば実にのんびりとした子にみえることになります。

「父親が徳人的生き方をしていると・・」

ところが徳人型の父親は、あまり出世欲も無く、人生を何となく、のんびりと風流に過す傾向があって、子どもとの間も友達のように一緒に釣に行ったりして接して行きます。家庭の中にある種の遊びがあるわけです。

そのかわり奥さんの眼から見れば、何となく「はがゆい」亭主にみえるのです。もっと男らしく、しゃんとしてどんどん仕事を消化して、お金もたくさん稼いで欲しいと・・・・。ところが徳人の父親は考えてることさえ理解しにくいところがあります。休みになれば子どもと一緒に川原にでも散歩にいって、まるで子どものようなところが見えるのです。子どもに対しても勉強なんて「どちらでもよいではないか」と無責任な発言をするのです。母親にとっては、実に腹立つことが多く、家族に対する責任感が無いのかと思うくらいです。

この徳人タイプの父親の家庭は、才人型と逆で、女の子の方がおとなしく、よく母親の手助けなどしてくれ、男の子の方がしっかり者になって行くのです。そのために母親は時として父親よりも子どもに期待をかけることになり、男の子に余分な手をかけることになります。

 

 


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子育ての羅針盤

日本における算命学の第一人者、故・高尾義政氏の法話集から子育てや人間形成に役立つ話を、高尾氏の直弟子だった清水南穂が専門用語をできるだけ省いて、わかりやすく再編集したものです。運命学的見地から親と子供の関係を様々な視点で解説しています。子供の育て方、人間としての生き方の羅針盤として参考にしてください。

 

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