「子育ての羅針盤」では様々な切り口で子どもとの付き合い方、理解の仕方をお話ししていきます。それは子どもだけではなく大人の心を育てることにもなるお話です。

親としての責任 (3)

親としての人徳を持つこと

才人型と徳人型の父親をくらべてみると、才人型の父親は子どもの頃、それなりの苦労をしている人が多く、徳人型は貧しくても豊かな愛情にはぐくまれている場合が多いようです。

もともと徳人型というのは、山や海や川など自然と遊ぶことが好きで、そこから教養が身について"風流心"を作ります。この「風流」という想念こそが男の子を大成させる要因になるのです。

それともう一つは、男の子を大成させることの最大の要素は父と母、両親の仲が良いということでしょう。もし、祖父母からの教えもなく、先祖への感謝もなく、神仏を念じる心もなく、夫婦ゲンカは日常連続して起る家庭で、それでも男の子が大成し一家をみごとに盛り立てて来れるのならば苦労はしません。本来男の子は、父親の姿の中から何かをみつけて成長する。その何かとは心豊かな風流心であり、そこから真の成長が芽を出して来るのです。

才人型の父親の多くは常に努力型で、たとえ大成者となろうとも、いつまでも力とパワーで人生を展開させようとします。男の子はその力に圧迫されて、自滅するか逃げ出すかのどちらかです。いかにパワーがあっても人は年令とともに力はおとろえることになります。どこかで才能、そして力の人生から、のんびりと心豊かな人生に切りかえないと、ある時、突然にあの世からのお迎えが来たり、子どもを犠牲にしたりするものです。その時子どもの心の中に大きな憤りが生まれていることに、親は気付かないのです。

人は20代、30代までは力の人生で進むことはよいのですが、40代半ばから50代以後になったら、いつまでも自分の力にたよらないで、もっと大きな心にたよって欲しい。その心の中に神がいるのであって、力の中には自分だけしかいないのです。

そして人徳とは風流な心をもってどれだけ多くの人達に気を配るかということであり、常に平常心、つまり同じことをくり返し、同じ心でいれるかということにかかっています。そして人生の窮極(60代、70代、80代)において人の頭に立ち真のトップに立つ時、人は徳人親父であり、それは子が支えてくれます。才人のままでは窮極に至るまでに息切れを起し、山の頂上をみながら八合目でたおれるでしょう。そしてそれは子ども達が親の下から逃げ出した後なのです。

「才は一代、徳は末代」人間の徳と才、どちらをえらぶか、人はみな自由であって、どちらがよいかは神のみが知ることです。しかし出来ることなら、子どもを育てる際は徳人的生き方をしたいものです。私は大成しなくても徳の中に己を求めたいと願う求道者の人になりたいと願っています。

 

 


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子育ての羅針盤

日本における算命学の第一人者、故・高尾義政氏の法話集から子育てや人間形成に役立つ話を、高尾氏の直弟子だった清水南穂が専門用語をできるだけ省いて、わかりやすく再編集したものです。運命学的見地から親と子供の関係を様々な視点で解説しています。子供の育て方、人間としての生き方の羅針盤として参考にしてください。

 

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